城繁幸『内側から見た富士通 「成果主義」の崩壊』(光文社)

書店に山積みにされている話題の書物なので、見かけた人も多いのではないだろうか。実際に富士通人事部で働いていた元社員による成果主義の告発ということなので、興味が引かれて読んでみたが、確かにおもしろい。天下の富士通が如何に現在の有様にまで落ちぶれたのか。嘘みたいに愚かであり、笑える。一時は株価も5000円に達する勢いだった富士通も、先ほどYahoo Financeで調べてみたところ、2004年9月3日の取引では高値で676円。秋草元社長(なんと現会長)による「従業員が働かないからよくない」という有名な無責任発言なども富士通社員でなくても頭に来るものだったが、やはり富士通の内情はあまりにもひどい。
しかし、具体的な混乱振りを本書から一つ一つ紹介することはやめておく。WEB上でもざっと検索してみると、富士通内部告発や批判の類は山のように出てくるので、興味のある人はそちらを見た方がおもしろいと思う。
本書の意義は、成果主義の導入に失敗したトップ企業が凋落していく様について、内側の視点から具体的な記録を残したということにある。富士通の凋落のすべてが成果主義のせいであるとは思わないものの、この制度の導入が富士通に大きな打撃を与えたことは否定できない。そして、実のところあまり笑っている場合でもないのだ。
なぜか。成果主義と無縁な企業などどんどん減ってきているからだ。そして、成果主義を導入している企業で、本書の事例とまったく無縁な企業というのもありえないと思われるからだ。実のところ、僕が勤めている企業も成果主義的な評価へと傾斜しているのだが、評価基準は不明瞭なことこの上ない。目標は立てるものの、その達成と評価はほとんど関係ないとさえ言える。声の大きい部署の評価が高くなることなども当たり前の光景だ。富士通ほどではないかもしれないが、かなり迷走していると言える。そして、同様のことは多くの企業でも見られるはずだ。
富士通はほとんどありとあらゆる失敗の壮大な実験場だ。だからこそ、富士通の研究価値は非常に高い。この貴重な失敗はしっかりと研究し、活かされるべきだ。その場合に重要なのは、単に成果主義の導入に成功するためのノウハウ構築のために活かすのではなく(もし本当に"成功する"のならそれでも構わないが)、単なるノウハウ以前の段階として、社員への投資とはどのようにあるべきなのかを考えるためにこそ活かされるべきだと思う。そして、企業はそのあるべき姿をこそ社員に伝達してほしい。富士通は社員への投資に失敗したが、それは導入のノウハウがなかったからではないのではないか。成功するための小手先の技術以前に、考えなければいけないことは山ほどある。
最後に誤解のないように付け加えておくが、著者は成果主義の導入そのものを否定しているわけではない。富士通成果主義の導入に失敗したということ、より正確には誰が見ても失敗することが明らかな程に、あまりにいい加減な導入をおこなったということを批判しているのだ。その意味で本書を成果主義批判の書と見ることは必ずしも正しくなく、高橋伸夫の『虚妄の成果主義』と同列に並べることはできない。