いま聴いている音楽 Laurie Anderson

Laurie Anderson / strage angels
というわけで、ローリー・アンダーソンの89年の作品。このアルバムのジャケットにはロバート・メイプルソープの写真が使われている。目を閉じたローリー・アンダーソンが無機的なマネキン人形かアンドロイドのようにシャープに撮られている。いかにもメイプルソープ的な作品で見事だ。
このアルバムでは徹底的にボイス・トレーニングを積んだローリーによって叙情的に歌いあげられており、これまでの作品とは作風が大きく異なる。従来のテクノロジー的でミニマルでどことなく禁欲的な感じが薄れ、美しいメロディが美しく歌い上げられており、ひたすら美しい。アンビシャス・ラバーズのふたりアート・リンゼイとピーター・シェーラーも参加している。
上のMoMA展の感想で触れた"THE DREAM BEFORE"はベンヤミンの歴史哲学テーゼがモチーフになった静かな曲だ。しかも、ヘンゼルとグレーテルの物語に仮託してベンヤミンの歴史哲学を語っている。大雑把な歌詞は次のような感じだ。
ヘンゼルとグレーテルはまだ元気に生きていて、ベルリンで暮らしている。グレーテルは水商売をしており、ヘンゼルの方はといえばファスビンダーの映画に出たこともあった*1。そして、今夜、彼らは向かい合って、酒を飲みながら会話をしている。
彼女は言った。「ヘンゼル、あなたはとうとうあたしをここまでダメにしたわね」
彼は言った。「グレーテル、君は本当にクソ女だ。僕は愚かな伝説なんかのために自分の人生を無駄にしてしまったよ。僕の愛したただひとりの人が邪悪な女だったんだからね」
ここまでがざっと1番の歌詞。まだ壁が崩壊する前の歴史都市ベルリンで生きるヘンゼルとグレーテルの悲惨な状況が歌われており衝撃的だ。
彼女は言った。「歴史って何なの?」
彼は言った。「歴史とは未来に向かって後ろ向きに吹き飛ばされている天使のことだ。歴史とは瓦礫の積み重ねだ。天使は壊れてしまった物事を過去に戻って修復したいと思っている。だが、楽園から拭き続ける強風がある。その強風は天使を未来に向かって吹き飛ばし続けている。その強風は、強風は進歩と呼ばれている」
2番はまるまるベンヤミンの歴史哲学テーゼ。音数を抑えたキーボードのシンプルな響きをバックに静かにつぶやくように歌われる。取り返しのつかない過去。それらが瓦礫となって、ただ積み重なっていく。それこそが歴史にほかならない。瓦礫にすぎない過去をそれにもかかわらず語り伝えること。目の前の崩壊をただ見ていることしかできない無力さに押し流されつつも、かろうじて沈黙すれすれの声でもって語り継ぐこと。
なんだかんだ言って僕はセンチメンタルであって、感情が揺さぶられる。

*1:ファスビンダーは悲惨で破滅的なメロドラマばかりを撮り続けたニュー・ジャーマン・シネマの代表的監督。アラブ系移民労働者の男性と老齢のドイツ系下層労働者の女性との恋愛とか、美人で若い女性と年老いて醜い女性との恋愛とか、とにかく救いようのない話ばかりをひたすら撮り続けた。ロバート・ロンゴなども作品のモチーフに取り上げているようにアメリカなどでは彼の評価は高く、一時はブームになっていた。かたや日本における彼の評価は不当なまでに低い。