玄田有史・曲沼恵美『ニート』(幻冬社)

2004年8月16日の日記で触れた『ニート』を読了。ニート(就職も就学もしていない状態にある若者)について一般向けに分かりやすく解説されており、すぐれて啓発的な書物だ。
本書の第一章は各種統計データに基づきニートの現状に関する客観的な議論が展開されるニート概論であり、続く第二章ではより具体的に何人かのニートたちへのインタビューの記録がまとめられている。ここまでを読むだけで、ニートとはどのようなものなのかについての大枠は理解できるだろう。だが、もっとも興味深かったのは続く第三章第四章だ。これらの章はニートそのものからは少し離れた内容となっている。語られているのは、中学校で導入されている職場体験についてだ。中学生時代はもちろんニート以前の段階である。
僕は不勉強にも、全国の公立中学校の87%(約9000校)で職場体験が導入されていることを知らなかった。だが、そのうちの7割が二日以内の職場体験であるらしい。残念ながら一日二日では働くということについてほとんど何も学ぶことはできはしない*1。ところが、全国で兵庫県富山県だけは県内すべての公立中学校で五日間以上の職場体験を100%導入しているらしいのだ*2。中学生に職場体験をさせることは想像以上にたいへんであり、両県の関係者の努力については頭が下がる。だが、中学生の教育に関して学校と家庭と地域が積極的に連携しようという両県の貴重な取り組みにおいて、教育の新しいノウハウが確実に蓄積されてきている。詳細はぜひ実際に本書を読んでみて欲しい。
五日間の職場体験で中学生は何を学ぶのか。第三章の概論に続き、第四章で職場体験を持った中学生高校生のインタビューを読んでみると、それがちょっとした貴重な体験になっていることが伝わってくる。一言で言えば、彼らは職場体験において人との関わり方を学ぶのだ。挨拶さえできれば、世の中なんとかなるということを学ぶのだ。社会のなかにおいて、こうしたちょっとした実感を持つこと。確かにちょっとした体験にすぎないかもしれない。すべての中学生が職場体験に対して肯定的ではないことは本書でも紹介されている。「しかし」と玄田氏は言う。「ニートが増え続ける根本的な理由がみつからないなか、多感な14歳といった時期に、社会とのかかわりを持つ術を身につけるのは、現在考えられる、ほとんど唯一のニート予防策なのだ」。
ちょっとした実感。そう、ニートとそれ以外とを区別するものは、ちょっとした何かにすぎないということが、本書を読むとよく分かる。例えば、第五章はニートから"卒業"できた人たちのインタビュー記録となっているが、それを読んでも実のところ彼らがなぜ"卒業"できたのかはよく分からない。何か決定的なきっかけがあって"卒業"できたわけではないのだ。結局は最終章である第六章のタイトルが端的に言い表しているように、「誰もがニートになるかもしれない」ということなのだと思う。実際、この本で紹介されているニートたちの言葉を読んでいても、彼らが変わっているという印象は持てなかった。JMMのインタビューでも共感する人が多いと述べられていたが、僕にとっても自分と違いがないように思えて仕方ないのだ。
そして、違いが分からないからこそ、ニート対策も難しい。2003年の段階でニートはおよそ40万人。この6年間で5倍に増えており、今後ますます注目されていくことになるだろう。ニートについて考える最初の一冊として。様々な偏見に染まる前に。

*1:本書でも職場体験の影響が子供たちに現れてくるのは三日目を過ぎてからだという意見が多いと紹介されている。

*2:この職場体験について、兵庫県では「トライやる・ウィーク」、富山県では「14歳の挑戦」という名称が付けられている