いま聴いている音楽 SONGS AND ARTISTS INSPIRED FAHRENHEIT 9/11

V.A. / 触発『華氏911
このアルバムは映画『華氏911』のサントラではない。収録されている曲は、マイケル・ムーアが「『華氏911』を作っている時に実際に聴き続けた曲や、アーティスト達」の作品で構成されているのだが、端的に傑作だと言い切りたい。ブルース・スプリングスティーンボブ・ディランパール・ジャムザ・クラッシュなど、反体制的ミュージシャン達の楽曲が集められており、強烈な印象を残す曲ばかりだ。すべてについて書いていられないので、3人だけピックアップし、思いつくままに筆を走らせてみたい。
やはり一番に書いておきたいのは、ザック・デ・ラ・ロッチャの"We Want It All"だ。ついに本格的に始動し始めたザックが組んだのは、なんとトレント・レズナー。最高のNINのような、どんどんと聴き手を追い詰めていく強迫神経症的リズムが強烈に鳴り響き、その上にザックの凶暴なボーカルが乗っかる。そして、「すべてをよこせ」というアメリカの欲望を告発するのだ。やはりロックはこうでなくてはという不気味な不穏さを湛えた名曲。血が騒ぐ。
ティーヴ・アールの曲"The Revolution Starts Now"も悪くない。『オーディレイ』の頃のベックのような曲だ。ただし、スティーヴ・アールと言えば、やはりあの問題作"John Walker's Blues"の方が強烈な印象を残しているのため、こちらの曲の方について書くことにする(笑)。この曲は911の1年後、2002年に彼が発表したアルバム『エルサレム』に収録されている。曲のモチーフは、アフガン戦争の際にアメリカ軍が捕まえたタリバン兵のなかにいたアメリカ人ジョン・ウォーカーの心情を歌ったものだ。普通のアメリカ人青年であったジョン・ウォーカーがなぜタリバン兵となったのか? もちろん実際のウォーカーの内面がこの曲ほど単純だとは思わない。そして、この曲が圧倒的な傑作だとも思わない。だが、「タリバン兵となりアメリカに銃を向けるアメリカ人」という、アメリカ人にとって何よりも理解しがたいであろう不可解な他者に対して、理解のための橋を仮構していこうとする試みは高度に文化的な試みではあるのだ。だが、こういう高度に文化的な試みは、単純な人間にとっては理解しがたい。強烈な反発を食らうことになったことはご承知の通り。なんか話がだいぶ逸れてしまった。
最後にジェフ・バックリィの「ハレルヤ」。もちろんレナード・コーエンのあの名曲のカバーだ。レナード・コーエンを聴くことは人類の義務だが、彼のカバーを迂闊にやることは人類への冒涜だ。では、このジェフ・バックリィによるカバーはどうなのか? これが圧倒的にすばらしく、このアルバム屈指の名演と言って過言ではない。泣ける。例えば、この曲のカバーはBONOやジョン・ケールも行っている*1。BONOによるカバーは実のところ作りこみすぎであまりいい出来だとは言えないのだが、ジョン・ケールによるカバーは圧倒的に見事だった。ピアノの弾き語りで、オリジナルとは異なる、この唄の新たな可能性をシンプルなメロディのなかに切り開いていた。そして、ジェフ・バックリィによるカバーはこのジョン・ケールのものに勝るとも劣らないほどの見事な出来栄えなのだ。ギターによる弾き語り。夜の闇に解けていってしまいそうな、ギターの絃の震えと、繊細な、あまりにも繊細な歌声。そっと耳を澄ます。

(書き忘れ)このジェフ・バックリィのテイクは彼のデビューアルバム『グレース』収録のものと同じ。
(追記)レナード・コーエンの「ハレルヤ」だが、なんとk.d.ラングが10月27日に発売する新作でもカバーしているらしい。アルバムタイトルは『ヒムズ・オブ・ザ・フォーティーナインス・パラレル』。カナダ出身のミュージシャンの曲ばかりのカバーアルバムであり、レナード・コーエンの曲は「ハレルヤ」以外にも初期の代表曲「バード・オン・ワイアー」も収録。他には、ニール・ヤングジョニ・ミッチェル、ジェーン・シベリー、CNS&Y、ロン・セクスミスブルース・コバーンの曲をカバー。これは買わなきゃ。

*1:BONOによるカバーは『タワー・オブ・ソング〜レナード・コーエンの唄』に、ジョン・ケールによるカバーは『僕達レナード・コーエンの大ファンです。』(なんていうタイトルだ…)に収録されている。ちなみに、後者のアルバムタイトルもそうだが、レナード・コーエンのアルバム名や曲名の日本語訳には時々、目を覆いたくなるものがある。アルバム『ロマンシェード』(このタイトルもダメダメだが)内の"I'm Your Man"を「哀・夢・YOUR MAN」と訳した人には必ず天罰が下っていると思う。