井上篤夫『志高く 孫正義伝』(実業之日本社)

止むを得ないことなのかもしれないが、基本はちょうちん伝記。ひたすら孫のよいしょに走っている本ではある。内容の吟味も足りないし、構成も下手だ。だが、予想以上におもしろかった。
孫ほど毀誉褒貶の定まらない実業家は珍しい。もちろん、彼が何をやっているのかよく分からないことは事実だろう。僕もよく分からなかった。
だが、本書を読んで、圧倒的な行動力が彼を成功に導いてきたことはよく分かった。いま「成功」という言葉を使ったが、彼の場合、いつの時点で「成功」とみなすのかは難しい。なぜなら、孫は自分が60代で引退する頃には数兆円の事業規模に達していることを想定しているからだ。つまり、まだまだ道途上。そこまでのプロセスにおける紆余曲折など単なる誤差に過ぎないのだとか…。
しかし、彼の行動力は驚異的だ。高校1年の夏に4週間の語学留学にアメリカに行き、高校中退を決意。その冬にはアメリカに渡り、翌年9月には4年制高校に2年生として入学。だが、入学後1週間で校長室の扉を叩き、3年生に上げてもらうのだ。しかも、片時も教科書を話さず勉強する彼の姿を見た校長は、5日後には更に4年生への進級を決断する。だが、それで留まるどころか、孫はすぐさま大学入学のための検定試験を受験してしまうのだ。結論から言えば、彼はたった3週間で高校生活を終えてしまうことになるのだが、検定試験のエピソードがまたすごい。英語が分からなかった孫はなんと試験官に辞書の使用と時間の延長を申し出るのだ。この厚かましいまでの意志がすごい。もちろん断られたのだが、彼は「自分で交渉する」と言って職員室へ向かい、熱心に説明した結果、教師の一人に教育委員長に電話してもらうことに成功し、なんと許可をもらってしまうのだ。そして、試験期間中の毎日、試験時間を大幅に延長させ、深夜の11時や0時過ぎまでかかって試験を終え、ギリギリとは言え、試験に通ってしまう。
大学時代のエピソードも常人離れしている。「音声付電子翻訳機」のアイデアを思いつくや、それを実現するために各分野の第一人者を探し集めて発明させて、事業化し、人脈もないのにシャープとのあいだに1億円での契約を実現させてしまう。あるいは、日本で流行ったインベーダーゲームアメリカに輸入し、半年で1億円以上の利益を出す。あるいは、一等地のゲームセンターを買収し、わずか1ヶ月で売上を3倍に伸ばしてしまう。これらのエピソードは圧巻だ。しかも、なんと大学卒業と同時にこれらすべてを置き去りにし、ゼロから新しい事業を立ち上げようと日本に帰国してしまうのだ。ライブドアの堀も明らかに貫禄負け。
まぁ、エピソードの列挙ばかりしてても仕方がない。とにかくやはり孫は只者ではない。そして、今後も彼の活躍を期待していきたいと思う。確かに危なっかしい経営ではあると思うけれども。