深き淵より私は叫ぶ

クロノス・クァルテット/ ベルク「抒情組曲
昨年出たクロノスの結成30周年記念アルバム。「抒情組曲」と言っても、抒情的なメロディが奏でられると思ったら大間違い。新ウィーン学派らしい抽象的な音の響きを中心に構成されている。モチーフとなっているのは、ベルク(妻帯者)とハンナ(夫帯者)との不倫感情だが、一体どういう恋愛感情だ?と思うような、不安定で荒涼として冷たい感触の曲だ。
この曲の最終楽章には、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」とツェムリンスキーの「抒情交響曲」からの引用が散りばめられているらしい。どちらも聴いたことがないので、気づかなかった。今度、聴いてみることにしよう。
クロノスのこのアルバムの最終楽章では、本来ベルクが想定していた構成、すなわち、ゲオルゲによるボードレール「深き淵より私は叫ぶ」のドイツ語訳をソプラノで歌わせるという構成が初めて復活させられている。この寒々としたソプラノがまたいい。歌われる詩が「深き淵より私は叫ぶ」なので、もちろん明るいわけはなく何の救いもないのだが、世界の中心で愛を叫んでいる人にこそ聴かせたい気がする(というのは、もちろん嘘で、別に誰に聴かせたくもならない曲だ)。歌が終わった後は演奏する楽器が減っていき、沈黙が訪れ、終わる。深き淵から叫んでも、叫び疲れ、途絶えれば、また深き淵が広がるだけだとすれば、まぁ確かにその通りなのだからどうしようもない。深き淵を一面の花畑にしても不毛だ。
ところで、クロノスと言えば、彼らに演奏されたライヒの代表曲「ディファレント・トレインズ」が、最近、オーケストラバージョンで発売された。CD屋で少し視聴しただけだと、クロノス版の方が断然すばらしい気がするのだが、どうなのだろうか。