ニティン・ソーニー / ヒューマン

 このアルバムは2003年度の個人的なベストアルバム。ニティン・ソーニーはまだライブを見ていないことが残念なミュージシャンの一人だ。彼はエイジアン・ダブ・ファウンデーションタルヴィン・シンなどと同様、UKエイジアンのミュージシャンの一人だ。
 このアルバムは彼の自伝的なアルバムだと言われている。彼の半生の折々の時期に対する感情を曲にしたものであり、事実、歌ものにおいてはプライベートな感情が非常にセンシティブに歌われている(ちなみにボーカルはすべてゲストボーカルであり、ニティン自身が歌っているわけではない)。
 例えば、3曲目の「セイ・ハロー」。「移民禁止政策で知られる英国の政治家エノック・パウエルの68年の保守党大会でのスピーチと、マーティン・ルーサー・キング牧師の著名な"I have a dream"から始まるスピーチ」。これら対照的なスピーチを冒頭にサンプリングした後に歌われるのは、全校で唯一のインド系生徒だったために皆に無視された小学生時代の自分に優しく語りかけるかのようなララバイであり、泣きたくなるぐらいに美しい。当時の自分に向かって、その孤独を認めてあげながら、そのうえで「自分からハローと言おうよ」と語りかけるのだ。
 4曲目のニクソン大統領らの発言で始まる「フォーリング・エンジェルズ」、5曲目の思春期特有の感覚を見事に拾い上げる「フォーリング」なども一度聴いたら忘れられない。7曲目の「フラジャイル・ウィンド」に至っては、歌詞と言い、歌声と言い、森田童子が突然英国に現れたかのような驚異的な繊細さだ。一曲一曲の解説をし始めるときりがないのでこの辺で。
 こうした彼の音楽について過去をセンチメンタルに美学化していると言うことは容易い。だが、重要なのは過去をモチーフにしつつも、立ち現れているこの音のリアリティだ。アラブ風の旋律と西洋的/現代的なテクノロジーミュージックと歴史上の様々なサンプリングを融合させながら、自分の過去へのまなざしを構築すること。単なる美しいメロディとして聴き流すにはもったいない、震えるような繊細な感覚がここにある。
 

ヒューマン

ヒューマン

 
※追記:なんでこのアルバムも画像が「はまぞう」にないんだ!