ヴラディーミル・アシュケナージ / スクリャービン:ピアノソナタ全集

 先日のエントリで触れたゲルギエフの「春の祭典」だが、そのCDには同時に、スクリャービンの「法悦の時」が収録されていた。
 スクリャービンは変な作曲家だ。例えば、この曲が意味しているのはその名の通り、いわゆる性的なアレというか、要するにエクスタシーのことだが、彼はショパンの影響下から出発して神秘主義に傾倒していったかと思えば、かなりアヴァンギャルドな無調の音楽も作ると楽曲の幅は非常に広い。
 とは言え、スクリャービンと言えばやはり神秘主義的傾向で語られることが多い。だが、それも故のないことではない。「法悦の時」もそうだが、そのほかにも「悪魔の詩」、「黒ミサ」、「白ミサ」など、場合によってはデスメタル/ブラックメタルの曲名かと思わせるようなものまである。
 未完に終わった最後の大作に至ってはその名も「神秘劇」。しかもスクリャービンはこの作品をインドの寺院で7日間かけて上演し、演奏者も観客も法悦を経験させることによって、新たな人類へと変容させることを意図していたのだ。
 ところで、この作品は、ロシアの作曲家ネムティンが26年の歳月を捧げて補筆完成させており、「神秘劇序幕」としてCD化もなされている。僕は未聴だが、恐る恐る聴いてみたくはある。彼が自らの作曲家としてのキャリアを捨てて没頭した26年という年月はやはり重く、その情熱はどことなく不気味ですらある。曲の構成も第1部「宇宙」、第2部「人類」、第3部「変容」とのことだから、やはりかなり誇大妄想的だ。ほとんどフランスの怪物プログレバンド、マグマのようだ。
 スクリャービンはそもそも稀代のオカルティスト、マダム・ブラヴァツキーの思想的影響を受けていたというのだから、ただ事ではないのだ。下手なロックミュージシャンなど及びもつかない変人奇人が多いのだから、クラシックはやはり侮れない。
 話がかなり逸れてしまった。スクリャービンピアノ曲は予想に反して、非常に美しい。「ソナタ第2番幻想ソナタ」をよく聴いているのだが、スクリャービン自身が「南国の海辺の夜の静けさと深い海の動揺、それに宵闇の後に現れる愛撫するような月の光を表現している」と言う第一楽章など、決して単調にならない音の響きの美しさが際立っている(「愛撫するような」という表現がスクリャービンらしいのかもしれないが)。
 スクリャービンの音楽は聴きこめば聴きこむほどおもしろいに違いない。聴くならやはり、アシュケナージもそうだがロシア系ピアニストのものを聴きたい。ソフロニツキースクリャービンの娘婿)等の演奏が収録されている「ロシア・ピアニズム名盤選」シリーズも気になる…。

スクリャービン / ピアノ・ソナタ全集

スクリャービン / ピアノ・ソナタ全集