マーク・ブキャナン / 複雑な世界、単純な法則

 サブタイトルにあるように現在の「ネットワーク科学の最前線」を追いかけた本。柄谷行人(『朝日新聞』書評2005年4月3日12月25日)から山形浩生『CUT』2005年7月号『日本一怖い!ブック・オブ・ザ・イヤー2006』)まで絶賛しているという意味でも珍しい本。科学ジャーナリストである著者は様々な事例を中心に分かりやすく記述しているため、いまこの領域で何が起こっているのかについて、アウトラインを明確に描き出してくれる。
 本書で論じられているのは、「スモールワールド」と言われる現象についてだ。これはその名の通り「世界は狭い」という現象であり、例えば、世界中の人間がたった6次の隔たりしかないという事実がこれに相当する。僕はアフリカのウガンダに知り合いはいないが、ウガンダの誰それさんとコンタクトを持ちたいと思えば、それに届きそうな知り合いを辿っていけば、知り合いの知り合いの知り合いの…と、平均してたった6次の隔たりで到達できるということだ。
 世界中に60億の人間がいることを考えれば、これは意外に「狭い世界」だという感覚が与えられないだろうか。だが、これは決して特別な現象ではない。それどころか、インターネットやワールド・ワイド・ウェブも、交通網も、脳内のニューロン・ネットワークも、生態系も、世界中の川の流れも、経済活動も、これらすべてが同じスモールワールド・ネットワークでできているのだ。
 これはどういう意味を持っているのか。例えば、金持ちが金持ちになったことに個人の資質はほとんどが関係なく、一定の確率で金持ちは不可避的に生み出されてくるということであり、更には金持ちのもとにばかり金が集まり、金持ちはますます金持ちになるということでもある。あるいは、インフルエンザやエイズの感染が急速に拡大することに歯止めをかけることは非常に困難であるということでもある。決して差別意識の結果でもなく、異なる人種が一緒に暮らしていく社会の実現は難しいという結論も同様に導かれる。
 もちろん、ネガティブな特徴ばかりではない。情報の伝達効率の高さなどはまさにスモールワールド・ネットワークの真骨頂であるし、脳がちょっとぐらい損傷しても問題がないのも同様だ。シリコンヴァレーが大成功を収めたのも、スモールワールド・ネットワークをうまく作り出せたことに起因している。
 この複雑な世界の背後に、スモールワールド・ネットワークという単純な法則性が存在していることが明らかになり始めている。この法則から導かれる上述のネガティヴな側面でさえ、解決が難しくはあっても何をすれば良いのかという方向性は明らかになっているのだ。
 誤解はないと思うが、ここにオカルト的な要素などまったくない。本書で語られているのは、情報のやり取りのなかからスモールワールドが必然的に作り出されていくというだけの話だ。
 21世紀に生きる僕らは、この構造を学習しておく必要があると思う。難解な最先端の科学を次々に横断しながらスモールワールド・ネットワークを見事に描き出している本書は、その最初の一冊としてお奨めできる傑作だ。

複雑な世界、単純な法則  ネットワーク科学の最前線

複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線