スティーヴン・スピルバーグ / ミュンヘン

 おもしろい。今年はまずはこの映画を見ないと始まらない。
 周知のようにこの映画は実際の出来事を基にした作品である。1972年のミュンヘン・オリンピック開催中にパレスチナ・ゲリラ組織「黒い九月」が起こしたイスラエル選手団襲撃事件。それへの報復にモサドが秘密裏に暗殺部隊を組織し、テロに関与したものたちを次々と殺していく(もちろん巻き添えになるものも多数)。その暗殺部隊のリーダーであったアフナー(映画ではアブナー)のインタビューを元に、ジャーナリストのジョージ・ジョナスがまとめた『標的は11人 モサド暗殺チームの記録」(新潮文庫ISBN:4102231013
 荒れた画面、ブレによって不安定感を増す手持ちカメラ、映り込みの技法を多用することで登場人物の内面性や事件の在り様を複雑化させるバロック的な画面構成、局所への集中によって情報の断片性を強調するズームなど、見事なスリラー映画となっている。そう言えば、パラレル・モンタージュも最終的な統合に落ち着くことなく、事実の断片性が断片性として強い印象を残すように構成されている。スピルバーグの技術は見事だ。
 人物で言えば、登場回数こそ少ないもののイスラエルの首相ゴルダ・メイア演じるリン・コーエンが強烈な印象を残す。暗殺の実行を決断する女性宰相の不気味な存在感。
 そして、マンハッタンのビル群のなか墓標のようにワールド・トレード・センターが遠くそびえ立つラストシーン。このシーンを見ながら僕が思い出していたのは、杉本博司が撮った亡霊のようなワールド・トレード・センターの写真(参考)だ。もちろん映像そのものとしては、9.11以前に撮影されているにも関わらず9.11以後にますます強烈な存在感を放つ杉本博司の写真ほどの強度は持ちえていない。だが、さりげなく遠くビル群のなかに見えるその姿が、それが既にない現在を否応なく喚起し、今も依然として僕らが『ミュンヘン』の世界の延長線上にいることを思い知らされる。
 もうひとつ、この映画を見ていて、アンソニー・マンの遺作『殺しのダンディ』が思い出されたのだけれど、それはまた別の話。