ダニエル・ピンク / ハイコンセプト

 これからはロジカルな理性の左脳だけではなく、は感性の右脳が大事と言う本。左脳だけでダメな理由は次の3つ。
  1.世の中が豊かになり物質的な満足は満たされてきたので、人々は非物質的な満足を求めるようになった。
  2.製造部門だけでなく、プログラミングや財務分析等の左脳主導型ルーチンワークアジア諸国に安くアウトソーシング可能になった。
  3.左脳主導型ルーチンワークは、ITの驚異的な進展によっても代替されてきている。
 要するに、豊かな時代のニーズにマッチし、ITにも他国にも低価格で代行されないことにしか価値はないということ。著者のピンクは現代をコンセプトの時代と呼び、生き抜くためにはハイコンセプトが必要であると説く。具体的にはデザイン、物語、全体の調和、共感、遊び心、生きがいという6つの感性が必要とのこと。
 言いたいことは分かるのだけれど、これらの感性を身につけない限り利益は得られないというストーリーそのものに違和感があるし、更に言えばこうした感性と利益って本当に結びつくだろうか?
 例えば、デザインが大事だと言っても儲かるデザイナーはどう考えても一部だけだし(デザインへのコスト圧力は非常に強い)、看護士の共感力が尊敬を集め賃金が増えてきているというのも気の長い話だ。比喩を作れる能力で多額の報酬が得られる例として、振り付け師トゥイラ・サープ(訳者の大前研一はこう訳しているが、一般的には「トワイラ・サープ」じゃないか?)の言葉が引かれているが、サープって金持ちなのか? みんなで集まってただ笑う「笑いクラブ」をグラクソやボルボが社内に作ったのは良いとしても、その成果については何も触れられていない。
 要するに、本書の主張自体は分かりやすいが、真偽のほどは怪しい。一攫千金的な大きな話と今後賃金が上昇する可能性があるというような小さな話が混在していたり、成果についての言及なしに「いくつかの企業や国で取り上げられている」という事実の指摘に留まっていたりするのだ。
 そう言えば、日本が左脳主導型の教育を見直していると指摘し、日本がポップカルチャーで利益を上げている点と結びつけるのは無理やり以外の何ものでもないし、「日本が利益を上げている輸出品は車や電気製品以上にポップカルチャーだ」というのもいい加減な主張だ*1
 そもそもITやアジア諸国との競争を意識しているようだが、本当に市場原理について考えているのかどうかも気になるところだ。例えば、どれだけ共感力のある看護士への需要があるとしても、過酷な労働条件が改善されるか、労働条件に見合うだけの賃金がなければ供給は増えないだろう。だが、結局のところ、患者もしくは国が高い治療費を支払えないのであれば、賃金は増えないし、人だって増やせないので労働条件は改善されない。
 要するに、これからは感性的なものも重要になってくるという点については否定しないにしても、そのことを端的に莫大な利益と結び付けようとしても無理があるということ。特に、大前研一の前書きは煽りすぎ。僕はこの本を薦めない。

ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代

ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代

 

*1:インターネットで簡単に検索してみたところ、ちょっと古いが経済産業省の平成16年度の「コンテンツ製作・流通促進支援」に関する事前評価書に、「日本製コンテンツ輸出額について、2001年3518億円から2010年1兆5千億円に倍増する」とあった。2010年でもたった1兆5000億円! 日本の車の輸出額は既に10兆円を超えているので、ポップカルチャーが車以上に利益を上げているとは言えないのではないか。利益率は知らないが。