大学の非常勤講師の待遇

こちらもよくのぞいている稲葉振一郎のサイトインタラクティブ読書ノート本館避難所(伝言板)で紹介されていた試行錯誤というブログサイトの4月30日の文章が気になった。どうやらコミュニケーション論を専門とする関西大学社会学助教授である辻大介氏のブログらしい。あっ、このブログサイトも「はてな」だ(笑)。
内容は以下のようなものだ。非常勤講師制度はもともと大学教員数が足りない時代に、他大学の教員や、院生・オーバードクター(いずれ近い将来に専任講師になることは予定済み)をバイトとして薄給で雇うという仕組みであった。だが、現在のような状況(大学生・オーバードクターの増加、大学の経営難にともなう専任ポストの「狭き門」化)においては、非常勤講師を薄給のまま雇い続けることは「大学教員をめざすことの動機付けを奪い、最終的には大学全体の人材不足や教育・研究力の著しい低下をもたらす」ことは、確実なのではないか。
辻氏が述べるこうした状況は、一般企業における派遣社員契約社員の問題とも通底しているように思える。2004年5月17日号の『AERA』でも触れられていたが(2004年5月10日の日記を参照)、派遣社員が重要な労働力として企業に活用されていることは事実であるにもかかわらず、彼らの待遇は決して十分なものとは言えない。だが、社員よりも優秀な派遣社員契約社員などはいくらでもいるのだ。
辻氏は、大学の非常勤講師の待遇改善のために成果主義の導入を提唱する。大学教員が手にする収入を給与と研究費に分解し、研究費については成果主義の視点で査定し、成果に応じて配分する。確かにこういうやり方はありかもしれないとは思うが、辻氏自身おそらくは認めているであろうように根本的な問題解決にはならない。なぜなら問題は労働条件と雇用の安定だからだ。優秀な非常勤講師が今よりも研究費がもらえることは喜ばしいことだが、生活できないのならば所詮は同じだ。そもそも成果主義の導入が問題解決にならないという事実は、企業研究においては既に指摘されつくされている感もある。したがって、企業における派遣社員契約社員の場合は問題はさらに難しいかもしれない。給与以外の研究費なども支払われていない(授業数の少ない非常勤講師はたいへんかもしれないが、状況はSOHO的な個人デザイナーなども同じだ)。さしあたり景気回復による雇用状況の改善というマクロ的な解決(解決にはならないが)か、あるいは雇用環境の流動化の促進ぐらいしか、個人的には思いつかない。後者については、企業視点からも優れた解決なのかどうかについては異論も残るが、少なくとも新卒以外の中途採用が増加させるというぐらいのことなら個々の企業単位で実現できる話ではある。企業にとっても即戦力を入手することができ、正社員を希望する派遣社員契約社員にとってもインセンティブとなるので悪くないとは思う。ただし、これも企業業績が向上することが前提となるのでやはりマクロ的な経済環境の安定が重要になるし、派遣社員契約社員として以上に正社員として雇用するメリットをどうやって考えるのかということは思ったよりも難しい。安く使えるのであれば安く使う方が良いに決まっているからだ。仕事を任せたい人が他社に取られる可能性が高くなければ難しいかもしれない。となると、やはりマクロ経済の環境か…。
ところで、蛇足だが辻氏の文章前半の、大学教員の給与水準が「世間の相場より高くて当然」という主張にはほとんど説得力がない。一般の会社員より、大学院5年分の授業料とその間の(就職していればもらえたはずの)賃金の機会損失と研究費(本代など)、加えてオーバードクター期間の費用を考えると生涯賃金として3,000万円の減少になる。したがって、「大学における60歳定年制の流れを考えると、世間の相場より年収ベースで100万は高くないと割にあわん」らしい。
しかし、このような根拠は大学教員以外の人にとってみれば端的に知ったこっちゃないだろうし、一般的に言って、「正社員になるまでに先行投資がかかる職業の場合、、生涯賃金として世間並みとなるように調整されるべきだ」などという主張は明らかに恣意的にすぎる。大学経営においては国からの補助金も大きく、その原資はもちろん税金だ。ならば、やはり「年収ベースで100万高くないと割が合わない」などという主張するならば、自らの研究にそれだけの価値があることを説明すべきだと思う。公的資金を導入された銀行の賃金水準が近年ある程度は下がっているのと同様(まだ高すぎると思うが)、大学が儲かっていないのなら教員の賃金が更に低くなることも、資本主義社会において基本的には当然なのではないか(ちなみに税金なしに運営できている大学ならば、別に説明はいらないと思うし、賃金も自由に高く設定すればいいと思う)。もちろん個人的には大学の存在価値については疑っていないし、補助金導入だって全体的には必要なのではないかと思う(個別には分からない)。したがって、税金でまかなってはいても、大雑把に言って、大学教員の年収(生涯賃金ではない)が世間の相場なみならば特に異論はない。
辻氏は大学教員は常に研究しているようなものであり、長時間労働でありお金も使っていると書くことで、高めの賃金を正当化しようとするが、普通の会社員だって就労時間外にビジネススクールに通ったり、本を読んだりして勉強している人も多く、時間もお金も大量に費やしているということを知っておいたほうが良いと思う。いまどきの会社員は大変なのだ。