佐藤優 / 国家の罠

 近年稀に見るノンフィクションの傑作。概要については下記の青木昌彦の書評を参照されたいが、鈴木宗男を吊り上げるために検察によって犯罪者に仕立て上げられた元外務官僚本人(鈴木宗男に仕える外務省のラスプーチンと呼ばれた男)による迫真のドキュメンタリーだ。
 本書の重要性は2点ある。一つ目は国家が政治事件を作りあげる「国策捜査」の恐ろしさ(担当検察官自身が国策捜査であると明言している)を見事に伝えている点。二つ目は外務省による対ロ外交の基本戦略を明確に描き出している点だ。
 前者については、言い換えればポピュリズムの恐ろしさでもあり、検察が世論に左右されるという事実、そしてその世論はマスコミの直情的報道によって左右されるという事実などとも絡められ、背筋が凍るほどの恐ろしさを本書は明晰に伝える。
 後者については対ロ外交の基本方針からインテリジェンス(諜報活動)、実際の交渉や駆け引きなど具体的に記述されており、画期的な資料と言えるのではないか。例えば、ロシア情報の取得にイスラエルがいかに重要な位置を占めているのか、あるいはいわゆる「ムネオハウス」がなぜあんなに貧相な建物なのかというような点などは、一般的にはほとんど知られていなかったはずだ。
 著者が非常に頭脳明晰な人物であり、優秀な官僚であったことは本書を一読すれば明らかだと思う。ただし、書かれている内容のすべてが正しいとは安易に結論できない。著者が私利私欲とは縁遠く、それどころか徹底的に国益を重視するストイックな人物であることは疑い得ないと思われる。だが、そうであるがゆえに自分が国益だと判断しているものを守るためには、極論を言えば意識的に虚偽を書くことさえも躊躇しない人物であるようにも思えるのだ。例えば、鈴木宗男の人物像については本書のみでは決して判断できない。
 しかし、こうした点は本書の欠点にはならない。これほどまでに明晰に上記2点を描き出した書物は前代未聞だ。しかも、優れたミステリーを読んでいるかのようにぐいぐいと読ませる無類のおもしろさなのだ。今年最大の収穫だと言い切ってもいい。
 
青木昌彦氏の書評 
http://book.asahi.com/review/TKY200504190211.html
 

国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて

国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて