ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団 / ネフェス(呼気) @新宿文化センター 2005/06/18

 今週は仕事で遅くなることが続き、ピナの公演の感想をエントリするまでに間が空いてしまった。既に見た直後のヴィヴィッドな印象は薄れつつあるものの、とりあえず書いておく。
 今回の作品『ネフェス』は初演が2003年トルコであり、順番的には昨年日本で初演された『天地』の1年前の作品となる(ちなみに近年、毎年新作を発表しているピナは、『天地』に続き、今年も日本公演後に韓国での新作公演が予定されている)*1
 『ネフェス』は「呼気」というタイトルを持ちつつも、あまり人の呼気をモチーフにしているようには見えない。人の呼気という意味では、アルモドバルの『トーク・トゥ・ハー』でも使われていた『炎のマズルカ』のワンシーン、横一列に寝転がった男性ダンサーたちがマイクを持ったまま呼吸する女性をゆっくりと手渡していく不思議なシーンが強烈な印象を残している。『ネフェス』における「呼気」とは、おそらくは生命の呼気とでもいうようなものだ。
 いつものように『ネフェス』の舞台美術もすばらしい。基本的にはシンプルで何もない舞台なのだが、生命の呼気を象徴するかのような水の活用が圧巻だ。公演の前半に観客が気づくか気づかないかぐらいのわずかさで舞台の真ん中に水が降ってくる。その後、上演が進むにつれて床の下から水が少しずつ染み出してきて、いつの間にか舞台の真ん中に丸い水溜りができてくる。更には舞台の上から激流のような滝が現れさえするのだ。後半でもこの水は消えては現れる。ダンサーたちはこの水を避けるかのように踊り、幾人かは水のなかに飛び込んで行きさえするだろう。
 ダンスは相変わらず申し分ない。確かに今回の舞台に全体的として強烈な印象を残すダンスが少ないというのは事実であり、圧倒的な強度を誇ったかつてのピナ・バウシュを期待する者にとっては期待はずれな作品となるのかもしれない。だが、今作も決して悪くはない。
 例えば、意外な拾い物として、ゲストダンサーとして登場しているシャンタラ・シヴァリンガッパのインドの伝統舞踊を取り入れたダンスのシークエンスはおもしろかった。アジアの伝統舞踊を見て、おもちゃの動きみたいだと思ったことはないだろうか? 手先だけをくねくねと動かしたり、上半身を動かさずに下半身だけを動かして移動したりすることによって、人間のいわゆる自然な動きが切断され、部分部分が別々のロジックで動いているかのようだと。
 シヴァリンガッパのシークエンスは男性ダンサーが彼女をサポートすることによってそのような特徴が極端に拡大されている。確かに複雑な振り付けをしているわけではないし、ポップなアジア音楽に合わせて踊る可愛らしいダンスにすぎないかもしれない。だが、男性ダンサーに支えられることによって、倒れそうな斜めの姿勢で手足を別々のロジックで動かして見せたり、ムーン・ウォークのように姿勢を変えずに舞台を水平移動したりするなど、非人間的な動きが強調され、インド舞踊とも決定的に異なるピナの舞台ならではの動きが現れている。しかも、このダンスは舞台上に座った男の要請にシヴァリンガッパが流し目で応え、同じものが正確にもう一度、反復されるのだ。
 ところで、ピナの舞台における音楽の使い方には時々驚かされるのだが、今回はなんとインナーゾーン・オーケストラの曲が使われていた。一体どのような経緯で使われたのだろうか? だが、デトロイト・テクノの雄カール・クレイグのプロジェクトであるインナーゾーン・オーケストラはその名のとおりインナーゾーンへの注視という意味で、そしてインナーゾーンを神秘化することなく物質的に現出させていくという意味で、確かにピナのダンスと相同性があると言えるかもしれない。
 僕はピナのダンスを見るといつも、モダンダンス的な表現主義と同時に、ある種のインダストリアルで無機的なものを感じていた。情緒的な表現主義と無機的な機械性とは、通常思われている以上に相性がよい。例えば、クルト・ワイルのキャバレー音楽が無機的で硬質な女性ボーカルと相性が良かったり、テクノ的な音作りと相性が良かったりすることなども同様だ*2
 『ネフェス』で使われていたのは確かインナーゾーン・オーケストラの99年のアルバム『プログラムド』のなかの「マニュファクチャード・メモリーズ」。作られた記憶、いや大量生産された記憶とでも言った方が良いだろうか。
 ピナは来年4月に再来日し、今年韓国で発表される新作と『カフェ・ミュラー』を上演することが決定されている。『炎のマズルカ』と並んで『トーク・トゥ・ハー』で使われている『カフェ・ミュラー』は既に日本では1986年に上演されているのだが、見たことがないので非常に楽しみだ。更には、来年も本拠地ヴッパタールにて新作発表が予定されている。今年65歳のピナの創作意欲はまだまだ留まるところを知らない。
 
ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団のスケジュール
http://www.pina-bausch.de/spielplan.htm
 

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*1:トルコ、日本、韓国などから推察されるように、近年のピナは国際共同制作によって作品を制作している。他にもブラジル(2001年)、ハンガリー(2000年)、イタリア(1999年)、ポルトガル(1998年)、香港(1997年)、アメリカ(1996年)……

*2:硬質な女性ボーカルとしてはロッテ・レーニャ、ウテ・レンパー、ダグマー・クラウゼから黒田京子あたりを僕はイメージしている。テクノについては例えばハル・ウィルナー・プロデュースの『The Music of Kurt Weil』や映画のサントラ『セプテンバー・ソングス』あたりを一聴すれば明らかだ。