遠山正道 / スープで、いきます 商社マンが Soup Stock Tokyo を作る

 スープストックトーキョー創始者(現会長)がその立ち上げから現在までを綴った本。ただし、もし読者がビジネスのコツのようなものを求めてこの本を読むならば、きっと肩透かしに会うだろう。本書に記されているのは、何よりも遠山氏独特の文化系的な経営手法であり、これは必ずしもこのままで汎用的なお手本になるわけではない。
 本書全体には「生活感のなさ」と言うか「淡々とした引っ掛かりのなさ」が漂っている。おそらくこれは遠山氏のキャラクターに起因しているのだろう。
 彼の文章になぜ生活感がないのだろうか。彼は絵を習ったこともないが、32歳のころ「初の個展を開いてみよう」と決めると“スーパーエディター”と言われる秋山道男氏(チェッカーズ小泉今日子のプロデュース、無印良品の草創期にも関与)に相談したとか、個展にはINAXが協賛してくれたとか、そのパンフレットの装丁はiモードリクルートのロゴを作ったナガクラトモヒコ氏にやってもらったとか、サラッと書かれていたりすると、どうも現実味が湧かない。スープストックを立ち上げるときの自分の出資金2000万円も親から相続した株を売って調達したというのも同様。
 例えば、「炎の70日」について触れた章を読んでも、その命名ほどには切迫感は伝わってこない。日にち別に出来事が記されていることもあって、その時の日記をただ読んでいるかのようだ。
 要するに、遠山氏が書きたかったのは、経営上の課題だの経営戦略だのではなく、イメージ重視の企画書や恋愛型新卒採用や手作り缶バッチなどの文化系的な経営手法であって、要するに自分のこだわりだ。もちろん、このこだわりぬくという彼の姿勢こそがスープストックトーキョーの成功をもたらしたのだ。
 彼自身は高級ブランドにはあまり興味がないらしい。しかし、服には個性を求め、人に伝えたくなる、意志がある、デザイン性がある、などの要素を求めるとのこと。食事も立ち食いそばが多いと言いながらも、共感できる、デザインがある店に強く惹かれるらしい。家もデザイナーズマンションを借りているとのこと。それだけでない。スーパーでお茶を買うにしてもボールペンを選ぶにしても、自分なりのこだわりがあるらしい。もちろん人はみな何かにこだわりはあるだろう。だが、「何にでもこだわる生活」というものは僕にはどうも現実味が感じられない。
 本書は不思議な印象を残す本だ。なので、スープストックトーキョーに興味がなければ、特にお奨めはしない。
 ところで、本書のなかで「日常の生活動線上にお店を置きたい」と書いてあるが、セントラルタワーズ店があるJR名古屋駅セントラルタワーズ13階は非常にアクセスが難しく、知らないと行けない謎のフードコートだ。ホームページ上に「電車の待ち時間にぜひご利用ください」と書いてあるが、その使い方は無理だと思う。

スープで、いきます 商社マンがSoup Stock Tokyoを作る

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